論理と、幻想と。

ゲームやガジェットが好きなITスペシャリストが作ったものや考えたことについてダラダラ書きます

外部ツール問題の議論が進まないメタな問題

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FF14と外部ツールについては、長いこと話題が繰り返されては有耶無耶になっているような気がします。そして、それらはきっと、今後も避けては通れない道の上にあります。ひとつの線として繋がるかどうかはともかく、少しずつアウトプットを重ねないことには始まらないので、ぽつりぽつりと書いてみます。

当然、この記事に留まらず私が口にすることは私個人の意見であって、所属している組織やコミュニティとは一切関係ありません。っていうお決まりの定型文を添えておこうかな。

前提

一応、私もこんな認識を持っています。

  • 運営チームが打ち出したFF14の運営方針が利用規約であり、それを尊重してプレイするのは正しいこと
  • 利用規約において「ユーティリティの作成・頒布は禁止」と定めている

私の見た実情

  • 外部ツールに関する議論なんて成立していない
    • 外部ツール=悪。終了。議論不成立。以下殴り合い
    • 規約に書いてあるんだからダメ。終了。議論不成立。以下殴り合い
    • ACT=チートだと思っている人すらいる
      • ACTがどういうものか、チートとはどういうものか、そもそもそうした仕組みを一切知らないからそういう勘違いが生まれる
  • 一方でPCゲームを中心にツールやMODなどの文化も広まり、また敷居も下がり続けている
    • ACTも例外でなく、どこまでやっているかはともかく、PCプレイヤーのかなり多くの人が使っている(という印象)
    • バレなければ使っていいという風潮が生まれ魔女狩りがはじまっているよね
    • 配信やSS等にツールが映っている → コイツ規約違反してる!!!通報したろ!!!! Welcome, ここがディストピアだ
  • (たぶん)運営サイドも、ツールに関して改めて規約を定めて正しく運用するリテラシーを全員が有しているわけではない
    • そりゃ通報ベースで処理するしかないよね
  • ACTがダメならReshadeは?VCも外部ツール?みたいな掛け合いは終わらない
    • ゲームデータに一切触れないプロセスやPost-Processingの類がOKなのはちょっと考えれば分かるけど、規約に定めるユーティリティの定義が曖昧なんだから仕方あるまい

このへんはそれこそLogrepなんかを使っていた頃から絶えないけれど、比較的最近だと絶アルテマのワールドファーストレースでトップ層がACTを活用して有利に事を運んだ、というところから再燃して、以降長らく燻っているように見えます。ただ、これは議論ではなく殴り合いの類ですが。

「規約」という、一見すると絶対の法とも思えるものを盾にしているだけで、そこに論理的な正しさの主張は認められず、私はそれらのディスカッションという名の場外乱闘を「何となく不愉快だから」というような条件反射で殴り合っているだけ、というように受け取っています。

以下、文中で言うところの「外部ツール」っていうのはACTの事を指していると思ってもらって差し支えありません。

再確認しておきたいこと

私がひとつ書いておきたいのは、ルールを守ることが尊いんではなくて、ルールを守ることによって守られる何かが尊いんではなかろうか、ということです。

こと遵法精神に関して、日本人はとても優秀な民族だと思います。ルールをきっちり守ろうとします。

「赤信号は渡っちゃいけません」という決めごとに対して、ある国なら「車も通ってないし、別にいいでしょ」といって渡ってしまうところ、日本人はそれをキッチリ守り、信号が青になるまで渡らない。それはとても尊く、これは日本人の美徳として誇っていいと思います。

ただ一方で、「なぜそのルールが存在するのか」、「そのルールを守らないと誰にどういった不都合が生じるのか」というメタなところを考える能力について、致命的に弱いと思っています。「ルールはルールだから守らなきゃいけない」「私はルールを守っているんだからあなたも守るべき」というところで思考を停止している人が多い気がします。自分がルールを守っていれば何をやってもいい、という恣意的な解釈ができるのも、このあたりの観点が欠けている証左でしょうか。

そしてもう一つ、右に倣わない者、ルールを守らない人であれば迫害してもよいという世間的な風潮があるように思います。

「皆やっていないから」「周りから変な目で見られたくないから」というより、「迫害されたくないから」大人しくしておこう、という発想に至る。結果、異論を呈したり、新しい発想で物事に取り組むことはすなわち、異端として迫害される覚悟を伴う。2019年にもなってグローバリゼーションとか、ダイバージェンスとか各方面で聞くけど、そもそも自分たちの在り方を認識していないからいつまでも悪い冗談のままなんじゃないかなあ、と。

そして更にもう一つ、決まりごとっていうのは時勢に応じて柔軟に変えていくべきものではないだろうか、ということです。

ルールを運用するのも人だし、同様にルールを定めるのも人。当然エラーもあるし、運用していく過程で不都合が生じることもあるでしょう。だから法律だって改正されるし、諸々の規約だって改定される。それが正しかろうが間違っていようがは別問題で、とにかく今ある課題を正しく認識して、あるべき状態に即したルールを考えていく、っていうのが健全な状態だと思っています。

私の見解

結論から言うと、ツールを使っていることが悪、じゃなくて、誰かに不利益をもたらす行為が悪だと思います。分かりやすく言うと、何を使ったか、じゃなくて何をしたかを重視すべきだということですね。

ツールを使ってデータを読み取ったことが悪いことなのか、ツールを使って読み取ったデータを元に誰かを攻撃したことが悪いことなのか、と例を上げれば分かりやすいでしょうか。

特定の誰かを叩いたり、ゲームバランスを崩壊させて誰かが困る状態を作ったりしちゃいけませんよね、っていう話はツール以前の問題。

当然、運営の用意した枠組みの中で遊ばせて頂いている以上、彼らが定めた規約は尊重すべきですし、それを反故にしてペナルティを受けることがあれば甘んじて受け入れます。けれども、その規約が実情と照らし合わせて適切なものかどうかは、今一度改めて検討してもいいのではないかと考えます。

そもそも、ゲーム環境を取り巻くIT技術は日進月歩、その一部が外部ツールという枠組みで顕在化しただけの話で、規約が対応しきれていないのも当然です。新しいものだから誰も正解なんて持ち合わせていないし、仮にその時点における正解が見つかったとしても、それは外部の要因によって簡単に変わりうるものだと認識する必要があります。少なくとも、数十年前のコンソールゲームと同じ倫理観が当然通用するだろうという認識はさっさと捨てた方が良いでしょう。

もちろん、FF14のようなビッグタイトルでこうした先進的かつセンシティブなことに言及すれば、短期的には大きな混乱やネガティブな話題性が生まれるのは明らかです。けれど、長期的にゲームシーン全体を見渡した時に、現状を見つめ直してきちんと線引きをし直すか、あるいは現状維持で平行線をたどるのか、どちらが有益でしょうか。ユーザにとっても、運営サイドにとっても。

早い話

FFXIV SDKのリリースはよ

いつだか立ち消えになったAddonの構想と近いけれど、FFXIV SDKとか、クライアントからデータを取得できるAPIなんかを公式に用意して、「それを使って取得できるデータを使ってユーティリティを作るのはOK。ソレ以外はダメよ!」 っていう 明確な線引き をしちゃうのが一番平和な気がしています。そしたら自分も色々作れるかもしれないんだけどなー。

余談

よく聞く話

ACTはチートなのか

チートとは、データの改ざん等によって本来ゲームのプログラムが意図していない動作をさせる物を指します。ACTはメモリ上のデータや出入りするパケットデータを読み取っているだけであり、それらに対して一切の変更を行っていないので、チートと呼称するのは適切ではありません。

分からない人にとっては言葉遊びに見えるかもしれませんが、ディスカッションをするなら正しく理解して言葉を選ぶべきです。

ズルをしているのは悪いことではないか

Excelでポチポチ1時間かけて手で入力してた仕事をマクロにして30秒で終わらせたら「ズルだ!」って言う原始人もいるらしいけど、それと似たような雰囲気を感じます。あとは見る人の解釈次第だけど、究極的には「それによって誰が不利益を被るのか」を考えた方が良いと思います。

PS4版ユーザもいるのに不平等じゃないか

学生時代から頑張ってバイトしてPCを組んだりしてた経験に由来するバイアスはありますが、PC版プレイヤーはゲーミングPCという決して安くない投資をしてその機会を得ていることを思えば、別に不平等だとは思えないですね。だってPCを購入するのに資格がいるわけでもあるまいて。

それ、ゲームしてて楽しいの?

よくわからないまま使っているタイプの、いわゆる「ツールに使われている人」のことは知らない。私はタイムラインとか作っていて、考えたものを考えた通りに動かしたり、楽するために苦労して色々なロジックを組み立てることにカタルシスを感じたりします。当然ながら自動操作を組んでいるわけでもないから、最終的にはどこまでも操作する人間のプレイヤースキル次第だし、そういった人間らしい部分を研鑽する努力はそれなりにやっているつもりです。私は楽しいですよ。