エンジニア的ゲーム理論

FFXIVやPCが好きなITスペシャリストの屁理屈とか

非効率的な遊び方をするウノの民よ

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「ウノ」の民よ君は馬鹿なのか

今は最前線ではないけれど、一時期とはいえ主体的にエウレカというコンテンツを遊んでいた1人のプレイヤーとしての意見である。

パッチ4.55でエウレカストーリーの最終章となるエウレカ:ヒュダトス帯が実装された。

数日で駆け抜けたピューロス帯と違い、今回はオン・オフ両方で多忙だったこともあり特に急いでプレイはしていないため、いわゆるボリューム層と同じ進捗度合いといったところだと思う。気軽に入って内部でPT募集をしたり、或いはちょうどよく募集シャウトがあれば乗っかる形でカジュアルに遊んでいる。

で、募集シャウトをしているとよく分かると思うんだけれど、うさぎFATE(エレメンタルコンフリクト)が発生するたびに「ウノ」(ウ=ウサギ、ノ=PT入れて)というシャウトが無数に飛び交う。もっとも、実装から数日経った今では、目玉コンテンツのバルデシオンアーセナルの方に人が吸い込まれているようで、割合はかなり減ったけれど。

1人2人とかそういう次元だったら全く気にならないけど、そんな生易しいモノじゃない。多いときは一瞬でチャットログが「ウノ」で流れる。そもそもインスタンスによっては、NM沸かせ目的の狩りPTやレベリング目的のPT募集のシャウトをしても全然反応がない、そういう島でもひとたびうさぎFATEが発生すると「君たちどこから沸いてきたんだ?」と言いたくなるほどの恐ろしい量のシャウトが流れる。ピューロス以降、うさぎFATEの報酬にそこそこ価値のある物が放り込まれたから、必然的にこういった文化が生まれた。

PT募集をしている側としては、一斉にログが流されるのでいい迷惑である。

そもそも何故PTを組むのか

パブリックフィールドのFATE同様に、PTを組んだほうが貢献度が稼ぎやすい(=金、すなわち最高評価を取りやすい)からであることは明白である。また、うっかりミスで戦闘不能になっても蘇生してもらいやすい、という側面もある。

だけど実際のところ、どのロールでもソロで金評価は取れる。白魔道士ならしあわせうさぎにベネディクション投げてホーリー・アサイズしてるだけでいいし、戦士ならスチールサイクロンしているだけで良い。他のジョブもだいたい同じ。危なくなったらエウレカポーションを使えばいいだけの話である。エウレカに大量発生している赤魔道士でもソロで金評価は取れるので、出遅れて貢献度稼ぎが間に合わないという場合以外はPTを組む必要性は特に感じない。

どちらかというと、個人的には貢献度稼ぎよりも財宝探索の方が、PTを組む重要性が大きいと思っている。たびたび僻地まで財宝探索に出かけたであろう人の蘇生依頼シャウトも流れてくる。こういうときにこそ、PTで助け合うべきだと思う。戦闘不能になったなるたびに蘇生依頼シャウトをしなくても、PTメンバーに蘇生を頼めばいい。繰り返すが、助け合いである。

なぜ毎回PTを解散するのか?

どうも見たところ、うさぎFATEを目的として集まったPTの多くが、FATE終了後間もなくPTを解散しているようである。蘇生依頼シャウトや、「ウノ」シャウトの数が減らないことからの半分ぐらい臆測であるけど。

何度か、ダラダラとうさぎFATEでもやろう、誰かがNM沸かせをしてくれたらNM討伐に参加しよう、という気分で「ウノ」シャウトをする人をPTに誘っていったことがある。うさぎFATEは短いサイクル(おそらく、全員の財宝探索バフが消えたタイミング)で再発生するので、PTを崩す必要はなく、そのまま維持していればよいと考えた。また、NMが沸いたらどうせまた一斉に「ノ」シャウトをするのだから、むしろPTを維持していた方が皆にとって楽だと思った。当然「うさぎやります、NM沸いたら行きましょう」とは宣言した。

けれど実際には、毎回半数近いメンバーがFATE終了から間もなくPTを離脱していった。そして数分後に、「蘇生お願いします」とシャウトするのである。そしてまた数分後、次のうさぎFATEが発生すっれば「ウノ」とシャウトしていたのである。ひどい人だと「ノノノノ」みたいなシャウト連呼してたりする。恣意的に解釈すればそれは「私はこれだけ必死に寄生しようとしています!」という見方もできる。そしてそういう人は何度もそれを繰り返す。プレイヤーとしての矜持どころか、知能が入っているのかどうかすら怪しい。

なぜPTを解散するのか、なぜPTを離脱するのか。理由を聞いたら「なんとなく恥ずかしいから」と言われたことがある。どちらかといえば私は、毎回「ウノ」シャウトしたり、蘇生依頼シャウトをするほうが、余程恥ずかしいと思うのだけれど。

暇つぶしのコミュニケーション、チャットするのも面倒くさいときは終始無言だっていい。無言でも助け合いはできる。コミュニケーションを取ることどころか、同じPTにいること自体が恥ずかしいというのは、もはやコミュ障などという次元の話ではない。ただのバカだ。

つまり何が言いたいか

NMが沸くたびに「ノ」シャウトをする、うさぎFATEが発生するたびに「ウノ」シャウトをする。

そんな非効率なことをするぐらいなら、放置PTでも組もう。アネモス編の頃は「自由行動PT」、事実上の放置PT募集の呼びかけがあったような気がする。

NM沸かせPTなどを主催していたり、募集していたりすると「タダ乗りかよ」と多少なり不快な気持ちになるのは否めない。けれど、「ノ」や「ウノ」によってインスタンス内でのコミュニケーションが完全に麻痺するよりは遥かにマシである。

補足だけれど、「ノの民」や「ウの民」と呼ばれるような、主体性のないプレイを否定するわけではない。四六時中ずっとPTを組んで狩りをし続けるのはとても疲れる。特にFF14のバトルシステムでは、戦闘中にチャットする余裕なんてまるでない。休憩を兼ねて気を抜きたいときだってある。

どうせダラダラするなら、もう少し賢くダラダラしようというだけの話である。

そんじゃーね。